遊びが学びに欠かせないわけ
『遊びが学びに欠かせないわけ』
1年目の時にタイトルに惹かれて購入した一冊。
購入して早速中を見てみるも、
原っぱで遊ぶかわいい二人の子どもの表紙とは裏腹に、中身は全然かわいくない。
300ページ以上の分厚さで、文字だらけで、翻訳本。
その時は、さらっとしか読めず、ほとんど頭に入ってこなかった。
2回目に読んだのは、2年目の3月。
この時は、遊びの重要性を他の先生に話したいと強く思うことがあって、もう一度読んでみることにした。
【遊びが学びに欠かせないわけ(再読)】
— ギンガスポーツ@3年目小学校教師 (@gingasportsf) 2020年3月10日
遊びの重要性が、感覚的には分かるが、上手く言語化できないことから、再読。
うーん、まだ上手く言語化できないけど、前回読んだ時より入ってきた。
まぁまた読もう。
「シンプルな方法で学校は変わる」の岩瀬先生と共著されていた方の本だったと新発見。 pic.twitter.com/dzggwh6bCU
目的意識があったので、前より内容は入ってきたが、うーん、という感じ。
まだこの本を読むのは早かったかなと思い本棚にしまった。
3度目の機会は思っていたよりもずっとすぐにやってきた。
4月から参加しているナオトさん主催の探究自学ノートプロジェクト(TQJ)で、参考図書として紹介されたのだ。
探究×遊びのヒントになると。
その時はすぐに読めなかったが、一段落したこのタイミングで精読にチャレンジすることを決めた。
今回は前回までとは比べ物にならないくらい頭に入ってきた。
これは覚悟から来るものなのか、TQJでの学びによるものなのかはわからない。
でもとりあえず書いてあることはちゃんと読めた気がする。
とは言っても、理解できているかと言ったら話は別だ。
今は浅はかな理解でも、なんなら理解できなくても良いから、線を引いたところを、まとめておきたい。
◯ヴィゴツキーの主張
「他の子どもたちとの自由な遊びこそが、自制心を育てるための重要な手段」
「遊びを通して子どもたちは、自分の欲求や感情をコントロールするのを学ぶ」
→遊びたいという思いの強さによって、規則に反することに抵抗することができるから
◯子どもが自らを教育するための能力を最大化するための条件
・遊びと探究するための時間と空間
・年齢に関係なく自由に交流できること
・知識があって、思いやりのある大人たちとの接触
・様々な設備・備品へのアクセスと、それらを自由に使えること
・考えを自由に交換できること
・いじめからの解放
・民主的なコミュニティーに浸っている
◯人間の本質的な3つの重要な要素
・好奇心
→新しい知識や理解を求める動機づけになっている
・遊び心
→新しいスキルを練習し、それらを創造的に使う動機づけになっている
⇨探索から遊びへの転換
・社会性
◯6つの遊びのタイプ
・肉体的な遊び
例)走る、飛び跳ねる。追いかける、チャンバラごっこ、
・言葉遊び
例)喃語、フレーズ、語呂合わせ、韻、詩作
・探索的な遊び
『私たちは理解を構築するために探究と遊びを結びつけた「探索的な遊び」をします。』「人間は2つを一緒にする」
「子どもたちの遊びのほとんどは、遊びであると同時に探究です。遊びを通してスキルを磨きながら、遊びで見つけた新しい発見に対してオープンな意義を持ち続けます。」
「子どもか大人が何かを発見しようとして、想像力や創造力をもち込むことは、遊びと探究を結びつけていることなのです。大人はこれを科学と呼びます。」
・建設的な遊び
例)砂の城、ブロック、図工、物語、詩、メロディー
・空想的な学び
例)ごっこ遊び
・社会的な遊び
例)他者と協力する遊び
「以上の6つの遊びのタイプは、互いに相いれないというものではない。」
「子どもは、身の回りにいる大人たちがもっとも大事にしているスキルに自然に惹かれて遊ぶだけでなく、子どもは大人より最先端な遊びを学びます。」
◯遊びのパワー・4つの結論
・いい結果を出すような圧力は、新しい学びを妨げる
・創造的になるように求める圧力は、創造性を妨げる
・遊び心を誘導すると、創造性や洞察のある問題解決力が高まる
・遊び心の心理状態が、年少者が論理的な問題を解くのを可能にする
◯遊びの矛盾
「真面目であり、真面目でない。
些細なものであり、奥深いものである。
想像的で自発的なものであり、規則や実際にある世界に制約されている。
子どもっぽくあり、大人の最高の業績に基礎を置いている。」
◯遊びをよく表している3つの特徴
・実際の行為として見えることよりも、やる気や姿勢などに表れる
・すべてか無かの二者択一ではない
・いくつかの特徴が重なり合ったものとして定義できる
⑴遊びは、自己選択的で、自主的である
⑵遊びは、結果よりもその過程が大事にされる活動である
⑶遊びの形や規則は、物理的に制約を受けるのではなく、参加者のアイディアとして生まれ出るものである
⑷遊びは、想像的で、文字どおりにするのではなく、「本当の」ないし「真面目な」生活とはいくらか意識的に解放されたところで行われるものである
⑸遊びは、能動的で、注意を怠らず、しかもストレスのない状態で行われるものである
◯遊びの心理状態
「フロー」状態。この状態こそが学びと創造性を発揮するのには最適な状態
◯遊びの教育的機能
・遊びの楽しみの多くは、「挑戦すること」
・遊びがもつ教育的な機能の一つが「反復性」。繰り返しは創造的な行為。
→遊びは「ライフスキルを身につけるための自発的な練習」とでも呼べるかもしれない。気楽さがなくなっちゃうからイマイチだけど…
・遊びによって子どもたちは自分の人生をコントロールすることを学ぶ
◯遊びとしてするスポーツからの教訓
・どんな遊びでももっとも大切な自由は、「やめる自由」
・ルールは修正可能で、プレーヤーたちによってつくられる
・対立は、話し合い、交渉、妥協で解決する
・「敵」や「相手」の概念は、実際には存在しないと心得る
・楽しむことの方が、勝つことよりもはるかに重要
・遊びの減少が感情的・社会的な疾患を増加させている。
・遊びは子どもたちに自分の問題を解決させ、衝動を抑え、感情を調整し、他者の視点から物事を見、違いを交渉によって妥協に導き、他者と同じレベルでつながる方法を教えるための自然な方法
・ビデオゲームに夢中になってしまう者は、他の形態の学びが提供されていないことが多い
・子どもたちの外での遊びの減少は、親の不安が増大したこと、および他の社会的な変化が主要な理由
・子どものビデオゲームの好きなところは、「自由」「自分で決められること」「遂行能力」
・ゲームで使われているリーダーシップ・スキルは本当にある実業界の企業を経営するのに必要なスキルと同じである
・近年は、研究者たちもビデオゲームの肯定的な側面に注意を向け始めている
・視空間能力、作業記憶、クリティカル・シンキング、問題解決能力を高めるという報告があった
・読むことや書くことにほとんど興味を示さなかった子どもが、オンラインゲームを介したコミュニケーションをとることで、かなり高い読み書き能力得ていることが証明された
・アクションが豊富で、感情的に興奮させるゲームをプレイすることは、子どもたちにストレスが多い状況の中で自分の感情を自己調整させるのを学ぶ手助けになるという証明もある
・一切しない者よりも、社会的により適応できるという結果も
→いまの世界で、子どもたちはコンピューターを使いこなす高いスキルを身につける必要がある。
そのようなスキルを身につけさせるためには、子どもたちは今日の主要なツールであるコンピューターで自由に遊べる機会が欠かせない。
しかしながら、健全な成長の視点からは、子どもたちは家から離れて、他の子どもたちと一緒に外で遊ぶ自由と機会も必要。
ここでのキーワードは、「強制」ではなく、「自由」と「機会」。
・「発達の最近接領域」=「誰かの助けでできるようになる領域」
・成長していく際の自然なプロセスの1つは、「見本」を見るということ
・探究と学びに完全に打ち込むためには、安心安全で、ケアされていると思えなければならない
そして、子どもたちはケアに示され、信頼関係が築けた相手から一番よく学べる
◯信頼にあふれた親が減少する理由
・近所の弱体化と、子どもたちの近所での遊び友達の喪失
・子育てについての常識の低下と世界的な不安の上昇
💮マイク・ランザのような、近所の子どもたち用の遊び場をつくりたい!!
ここまでざっとまとめてみた。
ここで一度題名を整理したい。
なぜ遊びが学びに欠かせないかと言ったら、
人間には生まれながらに自己教育力があり、
遊んでいる状態が最もそれを活性化させるから。
そして、それによって好奇心・遊び心・社会性を育て、
自分の人生をコントロールできるようになるから。
もっと短く言うなら、
遊びを通して人間の生まれながらに持つ自己教育力を活性化させ、
好奇心・遊び心・社会性を育てることが、自分の人生をコントロールすることに繋がるから。
かなと思う。(今のところ)
でも、これは自分の言葉ではない。
心から自信を持って言えないのは、自身が遊びながら育った経験がそこまでないからだろう。
家庭では良い環境で過ごすことができたと思うが、特に中学校では遊びとは真反対の生活を送らざるを得なかった。
そこから、高校、大学と、少しずつ遊べる比重が増え、今になってようやく大分遊ぶように過ごすことができている。
幼少期から遊べる環境で過ごしていたらどのように成長していくのだろう。
9歳のときからサドベリー・バレーに通い、いまは大学の優等生になっているある卒業生の言葉が印象深い。
「大学に来ている多くの学生は、いくつかの実質的な領域で私よりも多くの体験をもっているのは確かです。でも、取り組む姿勢の違いが私にすぐに追いつけるようにしてくれたと思います。実質的な内容を身につけるのは容易です。(中略)私の考えは、私は楽しむために大学に行きますし、そこまで提供してくれるものをうまく活かして楽しみたいと思っています。他の学生たちは、自分が囲い込まれてしまっているので、しかたなく言っているという感じです。他の可能性があるなんて、彼らは考えないようです。」
自分も今色んなことを経験して、近いことは感じられているが、遊びながら育った子たちは本当にこのようになっていくのだろうか。
本の中のイメージを、実際にこの目で見てみたいと思った。
この先、「遊び」ということについても、探究を続けていきたいなぁ。
まとめてみて、
これまで興味のあった、
インプロ、レクリエーション、ゲーム理論、お笑い、進化教育学、イエナプラン…
色んなことの繋がりがうすーく見えた。
繋がりは間違いなくあるはず。
この繋がりをしっかり見れるように、「遊び」の土台はこことして、これからも学んでいきたい。